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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(あ)2983号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人唐木弘之の弁護人大浜高教および被告人唐木弘之本人の各上告趣意は、量刑不当の主張であり、被告人白田鉄造の弁護人三宅秀明の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反(原審の確定した事実関係のもとにおいては、所論第二点にいう被告人らの本件第一審判決判示第一の所為につき、刑法二四六条二項の罪が成立する旨の原判決判示は正当である。)、量刑不当の主張であり、被告人岡島忠一の弁護人平本文雄の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

弁護人三宅秀明の上告趣意(昭和四三年一月三〇日付)

第二点 原判決には、法律の解釈、適用を誤つた違法があり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものである。

第一審判決は、「被告人らは、共謀の上……久保清造に対し……一三九万円の債務を負担させて、財産上同額の不法の利益を得たものである。」、と認定して、被告人両名を詐欺罪の既遂をもつて処断したが、原審裁判決も、亦、これを支持し、「本件においては……被告人らが詐欺賭博を行ない賭客となつた久保を欺罔し、同人をして被告人ら共犯者の一人である原審相被告人奈良部に対し、金一三九万円を支払うべき債務を負担させたものであるから、刑法第二四六条第二項の罪が成立するものと解するを相当とする」と説示して、被告人両名の控訴を棄却した。

しかし、騙取罪が成立するときは財物の交付を約束せしめるという点において直ちに利得罪の既遂の成立を認めるべきではない。

およそ詐欺罪は、欺罔行為にはじまり、それによる被欺罔者の錯誤、錯誤に陥つた被欺罔者の財物交付の約束(明示或いは黙示的)と、被欺罔者の処分行為、更にそれによつて欺罔者が利益を手中に収めることにより完成する。

若し、これを被欺罔者の財物交付の約束の段階でとらえて利得罪の既遂をもつて処断するとすれば、騙取罪は既遂となる前にすべて利得罪の既遂罪が成立し、現行刑法が騙取罪と利得罪の区別を定めた意義は全く失われてしまう。

従つて、騙取罪が成立する場合か、利得罪が成立する場合かは、その行為の態様において財物と、それ以外の利得といずれに究極の目的があつたかによつて決定すべきであると言わねばならない。

特に売買、貸借のように当然財物の移転をともない、その財物の移転がその目的の総べてであるような契約では、一般に騙取罪が成立すべきで、単に約束のみでは利得罪は成立しないと考えるべきである。(注釈刑法(6)二四九頁、総合判例研究叢書刑法(15)七一頁、八五頁)、《泉二博士も詐欺による利得罪は人を欺罔して財物以外の財産上の不法の利得をうることにより成立するもので、人を欺罔して財物交付を約束させ、未だ交付を受けないで終るときは騙取罪の未遂であつて、利得罪の既遂ではないとされている(泉二新熊、日本刑法論各論七八八頁、草野博士も同趣旨)》

本件について言えば、被告人らの究極の目的は金銭の獲得であり、被害者久保に単に債務を負担させる行為は被告人らにとつては前記目的に至る道程にすぎないものである。

換言すれば、相被告人奈良部と右久保との間に成立したとされる貸借は、当然財物の移転をともなうものとして、その財物の移転がその目的の総べてであるとしてなされた極めて不明確な約束であつて、騙取罪の成立すべき場合であり、従つて騙取罪の未遂をもつて処断されるるのであれば兎に角く単に約束のみで利得罪既遂の成立を認めるべきではない。

以上により明らかなように被告人らが財産上不法な利益を得たとして利得罪の既遂の成立を認めた原判決は法律の解釈適用を誤つた違法があり、当然破棄されるべきものと確信する。

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